萬代十蔵



私の行きつけの飲み屋に何時もたむろしている中年男がいた。

創業者、曾祖父の代から数えれば100年近い老舗の

寝具関係の店を経営していたが、何処でどう間違った

のか借金地獄にはまっていた。

町では消費者金融の看板が林立し、多重債務が問題視されていた。

世の中が不景気になってくると消費者金融が俄然増えてくる。
 

「やつらは家のドアを蹴破って入ってくる。ものすごいよ」などと

取立のすさまじさを語っていたが、その男のことは、

もう取立屋も諦めていたらしく、たまに夜の街で会ったとき

「頼むから自己破産をしてくれ。そうすればもうあんたの取立をしなくて良くなる。

俺も会社から責められて大変なんだ。あんたもそのほうがいいじゃないか。」

と言われ「そういうならお前がその手続きをしてくれ。」といったところ

「何を言うか貴様っ・・」とぶち切れされたそうである。

その頃の消費者金融の取立はいわゆる「ヤクザ」又はそれに近いお兄さんたち

によって行われていたのであるから恐ろしい。

しかしそんな輩を相手に、「金を返していない」

という負い目を持ちながら対等に渡り合ったのもすごいことである。

これからの話はその男「萬代十蔵」のものがたりである。



あるとき萬代はパチンコ屋にいた。その日は面白いように玉が出ていた。

玉の詰まった箱を横にいくつも積み上げていたが、後ろを走りぬけざま

その玉を片手で鷲掴みにして、持ち去ろうとする者がいた。

反射的に万代の体が反転し、その者の顔面に強烈なパンチを見舞っていた。

それは萬代の幼馴染で近隣の新興ヤクザ「門人会」の一員「きっちゃん」であった。

パチンコ玉の散らばった床に鼻血をだらだらと流しながらだらしなく座り込んだ

きっちゃんを見下ろしながら万代は呆然とした。

ただではすまない。

きっちゃんの面子はまる潰れとなった。仲間の前で大恥を書かされたのである。

どんな報復があるか瞬時に想像できた。

「どうしたんだ?」その時これも同級生の「篠田」が騒ぎに気づいて近寄ってきた。

「俺もはっきりわからんとじゃが、気がついたらこうなっちょったんよ」

答えながら萬代は序々に自分を取り戻しつつあった。

謝って済むことではない。

このまま今後手出しの出来ないまで痛めつけて半殺しにしてしまおうか。

萬代は動きも俊敏だが決断も早い。その考えを察知した篠田が止めた。

「やめとけ。俺が話をしてみる。」篠田はきっちゃんを抱き起こすとその腕を肩に回し、

店の外に連れ出した。

その後、十万円の見舞金を差し出すことで手打ちとなったが、

「あんたもこれからは気をつけないよ。軽はずみはいかんぜ。」篠田に言われて

萬代はムカッときたがこれくらいで収めてくれたことには感謝しないわけにいかない。

萬代二十才の頃である。

続く

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  • 2014/04/16:更新しました 萬代十蔵U 
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