木 造 伝 馬 船

延岡の釣り、真鯛


テトラポットの、ゴツゴツとした長い列を右に見ながら、五ヶ瀬川河口を出ると進路を左にとった。

この広い海の何処にいるのか。

途方にくれる思いで、幾日か思案したあげくの鯛釣行だ。

目指すは遠く、かすんで見える、島毛の灯台である。

広々とした視界に船は見えず、この大海原にいるのは、我一人。

船は自信無げな釣り師を乗せて,トボトボと進む。

約30分、島毛灯台を間近にみてエンジンを止めた。

島毛は五ヶ瀬川河口から約6km、火打ち崎の沖3kmである。

艪(ろ)を下ろし、用意の釣具、鯛テンヤに、近くのスーパーで買ってきた長さ10センチほどのエビを括り付

け、孫針を尾びれ付近に刺し、水に投げると、続いて、びしま糸を木枠から外しながら海に落とし込んでいく。

餌が底に届く頃を見計らい、指先に注意を集中しながら糸を上げ下げしてみる。

何度か糸を伸ばした挙句、餌が底を離れるかすかな手ごたえを感じたところで、これも用意の紅糸を結び、

目印とする。水深約40m。

後は2,3手、3、4手、手繰っては下ろし、手繰っては下ろしを

繰り返す。

船が風に流されないように、艪を左手に、漕ぎながらの作業で、なかなか忙しい。

物心ついてから、おとぎばなしや、絵本で、摺りこまれた鯛についての記憶は、死ぬまで消えないとみえる。

鯛は魚の王である。

あの姿、鮮やかな色、ピンと伸びた背びれが勇ましい。

鯛は名を食うだけ、他にうまい魚はいくらもいる。養殖の普及で鯛も今や大衆魚。などの誹謗中傷を聞

いても、 私のなかの鯛は、依然として最高位を保持している。

鯛を釣ることは、私の釣りの究極の目的と言っても過言ではない。

鯛釣りの知識はかなり仕入れてきた。

習性、産卵時期、えさ、釣り方のコツ、あたりのとり方、一番凝ったのが道具である。

色々考えた末、「ビシ間糸」に「鯛テンヤ、」で試してみることにした。

ビシ間糸とは、道糸にビシ、つまり噛み潰しなまりを20cmほどの間隔でつけて、

糸に重量をあたえ、海流に流されないようにした、先人の知恵、伝統の釣具である。

鯛テンヤは10号の丸鉛に鯛針を鋳込んだもので、鉛に針を突きたてた形だ。それに孫針を

一本つけている。

昔、島の浦で一本釣りの職漁師をしていた老人に話を聞くことができた。

話によると、この近海には鯛が多く、特に3、4月は沖から、いわゆる「桜鯛」がやって

くるので特に多い、と言うことであった。

「鯛は年中釣るるとよ。地磯にいついた奴やら、桜鯛もおる、近頃は放流もしよるし、

養殖から逃げたのもおるし、昔より多い位じゃ。」

「ポイントはどの辺でしょうか。」

「島毛かり、島ん浦ん向けち、流してみない。そん内どっかであたるよ。」

「砂地にもおるし、岩にもついちょる、魚は潮の加減で移動するかり、色々やっちみない。」

砂地で釣る時は、ビシ間糸を5尋程繰り出し、仕掛けを砂の上に寝かせ、しばらく

置いておくと上げるときにはもう釣れているという話であった。

「あわせはいらんとですか」

「鯛は向うあわせよ」キッパリと断言した。

中天にあった太陽が、かなり西に傾いた。

つり始めてもう2時間は過ぎたろう。

全くあたりは無い。

そろそろ根気も失せてきた。

頭の中に諦めムードがただよいはじめ、腰を伸ばそうと立ち上がったとき、

右手に持ったびしま糸にガツンと強烈なあたり、と同時にアッという間に水面まで引き込まれた。

次の瞬間、糸を持つた右手の拳が水に着くと同時に、プツンと軽くなった。

不意打ちをくらって、一瞬呆然としたが、すぐに心臓が早鐘をうちはじめた。

「鯛がおるぞ!!」今のアタリを、何の根拠も無かったが勝手に鯛と確信した釣り師は、

俄然生き返った。

しかしながら

それから一時間あまり、勢い込んで釣り続けたが、以前としてあたりは無い。

日も傾きかけた頃、ついに諦めた釣り師は、帰り支度にかかる。

船の中に散らばった糸を水に投げ、、改めて木枠に整然と巻き始めた。

仕掛けが海底を離れる頃、木枠に巻きつけている糸に「グン!」と抵抗がかかった。

根掛りしたかと思いきや、糸の先でなにやらゴツゴツと動いている。

その内、40mほどもある、重いビシ間糸を物ともせず、船を引き回すかのような勢いで泳ぎ始めた。

しばらくは魚の行くほうへ、艪をこぎながら、ついてまわったが、魚が止まったのきっかけに、

引き上げることにした。

2,3度やりとりした後、疲れたか、以外と抵抗無く、あがりはじめた。

何がつれたかと、何度も覗き込むうち、鯛らしき赤い魚が、見えてきた。

赤い魚体に紫の斑点を散らし、膨張した浮き袋から放たれたの美しい泡の柱を肛門から立ち上ら

せながら、 ゆっくりと近づいてくる。

水面に浮いてからは、動きが鈍く、難なく網に収まった。

海底からかなりゆっくりと引き上げられたので、腹の浮き袋はほとんど膨れてはいなかったが、

鯛釣り師の「作法」通り、尺をかなり超える魚体を抱き、肛門からわずかに覗いた袋を、

釣り針でつついて空気を抜いた。

快挙であった。

老人の云った、砂地で釣る方法と同じ経過をたどって釣れたことにも感動した。

期待が2分、不安8分で恐る恐る来てみたが、アタリが全くないのに疲れ果てたところで豪快なアタリ、

見事逃げられ、期待に武者震いしながら釣り続けて、ついに諦めたところにこの成果、さんざん

翻弄された1日であったが、生け簀に泳ぐ、みごとな憧れの鯛をながめながら、

釣り師は、時にこみあげてくる笑みを見せながら、意気揚々と島毛灯台を後にしたのであった。

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