延岡の釣り、すずき


「アヤカ、一緒にいくか?」 「うん、行く、今日は何釣り?」 「すずきじゃ。孝は?」 「俺は野球があるかい

行かれん」 「そうか、がんばって来い。」残念そうな息子を残して、早めに出発した。

早め、といっても午前10時頃である。

すずき釣りは、先ずえさを獲ることから始まる。

今日は大潮だ。昼頃が干潮なので、その時間帯に餌場に到着すればよいのであるが、釣りとなれば、

どうしても気が急いてしまうのである。

餌場までわずか15分程しかかからない。

このあたりでは大潮の干満の差が2mほどある。

餌場の砂浜に着いてみると、かなり潮は引いていたが、まだ餌獲りを始めるには早い。

対岸は方財漁協である。

すぐ近くに繋いである、4m足らずの小船に釣り道具と燃料タンクをつみこんで、準備を整える。

釣り道具と言っても、木枠に巻いた30mほどの3号の道糸、2号のハリス一尋に8号のセイゴ針を結んだ

ものと、獲物をすくい上げるたも網だけである。

小学4年の娘と砂浜をかけっこして遊んでいるうちに、最干潮となった。

ここからはあわてる必要がある。

潮の満ち始めるまでに餌を獲るのである。

1mの角材に5寸釘を5cm間隔に打ち込んだ大きな熊手が道具である。

その熊手を引きながら水際をゆっくり歩くと、5寸釘が、砂に何本もの平行線を描いていく。

そのうち砂にもぐっていた、小指から人差し指大の車えびが、釘に引っかけられて、ボロリと出てくる。

ピョンピョン飛び跳ねるのを娘があわてて両手で押さえ、用意のバケツに、走っていって入れる。

バケツには水が半分ほど入っているが、海老が飛び出さないように網がかぶせてあるので安心だ。

ここは河口から1km足らずの汽水域で、この砂浜に車海老がいるのは、300mほど離れた対岸で、

以前養殖をしていたのが逃げて繁殖したからであると思われる。

40分程で6匹獲れた。大漁だ。「アヤカ、行こかね」「もういいと?、もっと獲ろや。」

娘は生きた海老が手掴みで取れるのが楽しくてたまらない。

「うんにゃ、もう潮が満ちてきたかい、やめようや。」熊手を担ぎ、片手にバケツをぶら下げて船に向かうと、

娘が飛び跳ねながらついて来る。

満ち始めると、遠浅の浜が潮に覆われるのは、アッという間である。

砂の低いところを狙いながら潮は着々と浸入してくる。

そこ、ここに取り残されていた砂地も、次々と姿を消した。

流れ下る河水を押し戻しながら、海水が遡ってくる様は壮観だ。

水中でのせめぎ合いが、音も無く、河面に不気味な波紋を現しながら、ぐんぐん移動していく。

引き潮と共に、いったん河口まで流れ下ったすずきは、再び潮にのって遡上してくる。

それを待ち受けて、釣るのである。

魚の通るタイミングをはかりながら、船を出す。

舫い綱を解き放つのは、船首にいる娘の役目だ。船外機の始動紐を引く。一回、二回、二回目で

ブルンとエンジンがかかった。こんどのエンジンは調子がいい。

最近換えたのであるが、以前の船外機は、汗をかくまで、何回も紐を引いてやっと始動すると云う代物

だった。

船を後進させ、岸からかなり離れたところで、クルリと反転させる。

「さあ、行こかね。」「あいよっ、出発しんこー 」娘は陽気で、上機嫌だ。

初夏、6月の陽の光は少し強くなっていたが、川面を渡る風が心地よい。

「気持がいいね、おとさん」 「そうじゃなー」、 至福の時である。

娘は早口なので、「おとうさん」が「おとさん」に聞こえる。

すずきの通り道の見当はついている。

もう少し上流にいくと、右に左に寄り道しながら上って行くようだが、河口から1kmのこの辺りだと、

まだ川筋の一番深い所を一直線に上流を目指すようだ。

昔、子供の頃「すずき突き」の名人がいた。

秋口、10月のはじめ、肌寒くなってき始めた頃の夕方、左手に石を抱き、右手に銛を持ち、水の深みに

ソロソロと歩いて潜っていった名人は、かなり長い時間たってバタンバタンと大暴れするすずきを抱えて

上がって来るのであった。

その人の話では、すずきは水の上層を泳ぐので、左手に石を抱え、水底に 潜んで、頭上を通るすずきを、

下から銛で狙うのだそうである。

狙ったポイントに到着すると、エンジンを止めて、船外機を斜めに、プロペラを水から引き上げ、艪(ろ)

をおろす。

ここからは、風や水の流れをよみながら艪を漕ぎ、ゆっくりと移動していくのであるが、釣り糸および餌が

常に自分より前方に、すなわち、船の下を通って背後に回らないように、船を操らなければならず、

なかなかに熟練を要する。

我がすずきの群れは、今頃、700mほど下流を、こちら目指して黙々と泳いでいるはずである。

「ちっと早エーけど、始めよかね」「うん、はじめて、はじめて、」娘は待ちかねている。

生け簀の中の海老を一匹掬い取って、その口に針を慎重に刺す。

あまり深く刺すと口の真上にある脳を傷つけてしまうので、口に軽く差し込むと言った程度である。

海老の正面、目と目の間に針の「ちもと」がくるようにして、海老が沈まないように、軽く引きながら泳がせる

のがコツである。

水にそっと放すと、五対の腹脚をサラサラと動かしながら泳ぎ始めた。

15mほど糸を繰り出して、糸を右手、親指の腹と人差し指の第一関節で挟んで、たるませないように注意

しながら、左手で艪を動かし、静かに船を操る。

待つことしばし、餌の海老が、ビクビクとさかんに暴れる様子が指先に伝わってくる。

魚が近づくと海老は、尾びれをピンピンと煽って逃げようとするのである。

「きたぞ!!」船上に緊張が走った。

このとき、艪を漕ぐ手を少し急がせて、船足を早める。

近づいてきたすずきは、海老が逃げると見て、あわてて大きな口をあけ、丸呑みにせんと、くわえ込む。

海老と一緒に口に入った針は、釣り糸に引かれて、堅くつぶられたすずきの唇にグサリと刺さる。

この場面でアワセは厳禁である。

指先にグ-ッと重みを感じたら、もう針掛かりしているので、その後は右に左に走るのを、委細かまわず

ドンドン手繰り寄せる。

二度、三度と水面にジャンプ、大口を開けて顔を左右に激しく振る、「えら洗い」を見せるが、臆することなく

ドンドン手繰り寄せる。

すずきは、スピードはあるが、引きはあまり強くなく、釣り糸を切られる心配は無いが、船近くまで引き寄せ

られると流石に、渾身の力を振り絞り、いきなり反転、深みにもぐり始める。

何度かやり取りしていると、頭の上で「おとさん」と呼ぶ声。

見上げると、たも網の柄の1m位のを両手で握り締め、娘が眦(まなじり)を決して立っている。

「おうー、たのむぞっ」大声で応じ、弱り始めたすずきを手繰り寄せた。

「待てよ、まてよー、」 「よし、今じゃー」あわてて網を出すが、一回目は失敗。

やる気満々の娘に掬わせてやりたい。

再び深みから船端に引き寄せ、何とか逃げようと抵抗するのを、今度は落ち着いて網に入れた。

網に入れはしたものの、今度は水からあがらない。

腰を据えて、一心に持ち上げようとするのを手伝って、網の縁を持ち上げる。

船の中にドサリと投げ出して、尾びれをペタペタと、弱々しげに動かすのをしばし眺め、生け簀に入れた。

疲れ果てたすずきは、しばらくは、生け簀の中で起き上がれずに、白い腹を見せて、娘を心配させたが、

やがて元気に泳ぎ始めた。

この日の釣果は、今の、目見当で、60cm余り、1.2kgと、もう少し小ぶりのものと、計2匹であった。

これで、今日の釣りはやめることにして、残った4匹の海老は、娘の意見をいれ、50cmほどの浅場に

戻ってきたところで放流した。

娘の手を離れた海老は、大急ぎで水底に着地すると、そのままの姿勢で、モグモグと砂にもぐり始め、

見る間に姿を消した。

まだ日は高かったが、もうこれで充分満足である。

船を岸につなぎ、獲物を下げた娘と私は、満々と水をたたえた、美しい光景を眺めながら帰路に

着いたのであった。




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